中国茶筆記

中国茶と中国料理 (その1)

 お客様からよく、「食事と一緒にいただくにはどの中国茶がいいですか?」とのご質問をうけます。なかには、「この茶にはどんな料理(またはお茶うけ)が合いますか?」と、具体的に質問をされるかたもいます。
 むずかしい質問です。じつをいえば、料理と中国茶の取り合わせについて、体系的に聞いたことも書かれたものを読んだおぼえもないのです。
 これはあながち私の無学のせいばかりではないようで、店にある関連蔵書にもほとんどこの二者をくみあわせて専ら論じてあるものはありません。
 手元にある書籍のうち、『台湾茶の楽しみ方とおいしい料理』(楊品瑜著、三心堂出版社、1999年11月)が中国茶と中国料理をあわせてとりあげてある唯一の書籍ですが、これも「料理に合う茶を選べばよい」と書かれているのみです(93ページ)。
 もうひとつ、『お茶のある暮らし』(谷本陽蔵著、草思社、1993年11月)には具体的な料理と茶の取り合わせがいくつか挙げられています。たとえば、北京ダックにはジャスミン(茉莉花)茶、飲茶の点心にはプーアル茶、潮州料理に鉄観音ないしはウーロン茶とされています。谷本先生は、これらを「(中国)料理とお茶のすばらしい組み合わせといえるだろう」と絶賛されています(170-171ページ)。

 現在の中国茶の世界でもっとも網羅的で詳細な書籍は『中国茶経』であるのは言うをまたないところです。茶聖陸羽の『茶経』から隔たること約1,200年、その神聖不可侵なる名をあえて冒して書名とした昂然たる意気ごみからも窺われるでしょう。ところが、その『中国茶経』には茶と料理の取り合わせの項目がたてられていないのです。そもそもそんな発想がないかのようでさえあります。
 ここで思い出すのは、さきに挙げた楊女史の『台湾茶の楽しみ方とおいしい料理』です。同書ではさきほど引用した箇所のあと、「特に品質の高い茶を使わなくてもよいのです」と続いています。
 これはつまり、本当にいいお茶は、単独で味わうべきものだといっているのではないでしょうか。
 考えて見ればこれは当然といえば当然で、料理とお茶(とくにいいお茶)を一緒に摂ると、お茶の香りと味わいに邪魔になるからではないでしょうか。とすれば、『中国茶経』に記述がないのも当然というものです。

 ここで、ふたたび谷本先生のおっしゃる内容に立ち返る必要があるかと思います。
 先生が挙げておられるのは、
 *北京ダックにジャスミン茶
 *飲茶の点心にプーアル茶
 *潮州料理に鉄観音ないしはウーロン茶
 という三組のとりあわせです。
 これはすべてある土地の料理とその土地のお茶です。(ジャスミン茶は北京で作られてはいないですが、北京でもっともよくこのまれ消費されるお茶です。地元の生活文化の一部になっているという意味で、北京のお茶と呼んでさしつかえないでしょう。)
 つまり、ある料理にあうのはその料理の土地の茶であるということではないでしょうか。なんだ、と気落ちするほど平凡ですが、考えて見れば当然すぎるほど当然で、なるほどと頷く結論でもあります。

 しかし、高級なお茶は本当に料理とともに味わってはいけないのでしょうか。かならずしもそうではないかもしれません。体系的に論じられたことがないということは試されたこともないという可能性が大であるとはいえませんか。だとすれば、いろいろな組み合わせをどんどん試してみる必要がありそうです。もしかしたら、元来それだけで飲まないと味がこわれるとされていた高級なお茶にも、互いをとびきり引き立てる料理の一品との組み合わせがあるかもしれません。

 そして、日本料理あるいは他国の料理との取り合わせにいたっては正真正銘の未開拓の領域です。前例も目安もありません。逆に言えば、各人が自分の味覚と感覚だけをたよりにして決めて行けばいいということです。

(つづく)


(2000. 3.25)

 

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