中国茶筆記

茶を作る(3)

 9月22日午後7時 一回目の揺青が終わったあと、母屋の食堂へ食事に戻る。

 この家の住人は基本的には林さんとその息子さん(次男さんだったとおもう)、それから農作業や家の手伝いをしているフィリピン人の男性である。
 ところが食事のたびに知らない顔が食卓に並んでいるのはどういうことであろうか。
 昨晩の林さんのお兄さんはわかるが、この日の昼食にはなにかの用事で来ていた近所の人が空いている椅子を持ってきてご相伴にあずかった。夕食では、私たちが食堂へ行ってみるとさきに黙々と箸を動かしている先客がいて、大いに飲み食いしたあと台湾語で「さよなら」といって帰っていった(私は台湾人に北京語を習ったのでそれぐらいならわかる)。もちろん林さんの顔見知りなのだろうが、それにしてもじつにおおらかである。

 午後8時20分―9時 2回目揺青。茶葉のしおれ具合をみ、部屋のにおいを嗅いだ林さんが「2回目をやろう」という。
 その日の温度や湿度、それから毎回の揺青の度合いによって発酵(※注1)の進み方が違うから、一回一回の間隔はその都度異なってくる。今度は私やYさんの鼻にも1回目とは違う香りであることがわかった。それも箕ごとに違う。
 箕は2段にわけて棚につみあげてあるのだが、棚の段の上と下では空気の温度が異なるので発酵の進み具合に差がでてくるのである。
 1回目とおなじくすべての箕の葉を撹拌し、そのあと、棚の一番下にあった箕と一番上の箕の位置を入れ替える。

 午後10時45分―11時30分 第3回目揺青。室温ややさがって25℃。今回は揺青の際の強度とひと箕あたりにかける時間を増やす。思ったより発酵が進んでいないらしい。
 「そういえばまだまだ青臭いですね」という私に、林さんの答えはちょっと意外だった。「この段階ではまだ青臭いほうがいい茶ができる」
 この言葉の意味をあとで知る。

 9月23日 午前1時55分―2時15分 第4回目揺青。ただし発酵の遅れた4つの箕だけ。また、台にあけた葉の広がりをつづめ、厚みを増す。山の中心をへこますのは、外側ばかりでなく内部の葉にも新鮮な空気を行き渡らせるためである。発酵の進み方を均等にするためというのは、きかなくてもわかった。
 花のような香りが立ち始める。林さんいわく、この段階で殺青(※注2)すると、香りがそのまま保たれるという(※注3)。

 午前2時50分―3時10分 「もう一回だけ揺青します」。第4回目に揺青しなかった箕をあらためてかき混ぜて、すべて4回に統一する。11箕を6箕にまとめる(写真1)。
 これで揺青作業はおわりである。ほうきで床に散乱している取り捨てた茶葉や枝を掃いて後かたづけをする。

 茶葉はまだ相変わらず青臭い。しかしそのなかに今度は熟した果物のような香りが混じってきていた。「これ以上やると茶が甘口になる」と、林さんは私たちにいった。揺青の回数が多くなるほどできあがった茶の甘みが増すという。
 さきほどの林さんの返事の意味が、どうやら理解できた。
 茶葉の香りは発酵につれて出るはずである。そして香りの甘さは味の甘さでもある。あまり早いうちから香りがたつと、味に甘みが出すぎるということではなかろうか。
 そういえば、林さんの作る茶は、台湾産烏龍茶の常として甘みはあることはあるが、くどくない。

 これからどうするかといえば、茶葉をすこし寝かしてもうすこし発酵させ、それから先ほどふれた殺青にとりかかるのである。
 林さんは、だいたい午前6時ごろになるだろうという。つまりしばらくはひまである。竜顔の実を食べながら駄弁っているうち、Yさんが、私たちふたりが寝泊まりしている部屋へ戻って、段ボール製の茶筒をひとつ手にして帰ってきた。
 あけて見せてもらった中をのぞくと、中国の青茶だった。発酵度が高いうえに焙煎がつよいために、ただでさえ黒っぽい大陸産青茶が、さらにどす黒く変色していた。湿気のせいである。三人で淹れて飲んでみると、見事にヒネていた。
 作られてから数年たって風味が落ちているが、ほうじ直せばどの程度持ち直すか実験してみたいと、Yさんはいう。
 この小屋には焙煎用の電熱器がある(写真2・3)。本来は製茶工程の最後に茶葉から余分な水分をとばすとともに、茶の銘柄による必要や、茶農家もしくは消費者の好みに応じて、こうばしさを茶葉につけるためにもちいられるものだ。
 この電熱器で20分ほど火で焙ってからまた飲んで見ると、今度はこうばしさばかりである。まるでほうじ茶でも飲んでいるようだった。ヒネていたとはいえ、ほうじる前の香りと味とはくらべものにならなかった。
 すでに5時前である。
 すこし寝たらどうですかと、林さんは私とYさんにいった。6時まで1時間。まさにすこしである。私は寝不足に弱いのだが・・・。



※注1
 ちなみに、これまで使ってきた「発酵」という言葉だが、茶の「発酵」とは酸化のことである。納豆やチーズなどの微生物による発酵とはことなる。ただややこしいのは、黒茶(後発酵茶。プーアル茶ほか)や黄茶(弱後発酵茶。君山銀針ほか)は、酸化発酵ではなく、微生物による、まさに発酵であることだ。
※注2
 加熱して茶葉の発酵(酸化)を止めること。日本茶では蒸すが、台湾・中国茶では煎る。青茶(烏龍茶)は半発酵茶であり、青茶のさまざまな香りと味は、基本的にその発酵度数によるものであるから、適度な度数に至れば進行を停止させなければならない。完全に発酵させれば紅茶(全発酵茶)である。逆に、茶葉を摘んだ後すぐに殺青してまったく発酵させないのが緑茶(不発酵茶)である。
※注3
 ふつう、青茶は淹れる前の乾燥状態と淹れたあとでも香りが微妙に違うのだが、この時点で発酵を止めるとこの花の香りがそのまま淹れた茶の香りになるということらしい。
(2003/7)

 

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