中国茶筆記

春節

 今回は茶には直接関係のない話題ですが、進むうちに茶にまつわる話が出てくるかもしれません。
 中国ではもうすぐ春節を迎えます。春節とは旧暦の正月のことです。今年は太陽暦の2月5日、6日、7日になります。中国ではいまでも旧暦(太陰暦、農暦ともいいます)が人々の生活のうえで大きな意味を持っています。中国でしばらく滞在していた頃、毎朝ラジオを聴いていて驚いたのは、「今日は何月何日、農暦で何月何日」と、アナウンサーが必ず太陽暦と旧暦を両方言うことでした。
 いまだに中国ではいわゆる正月よりも春節のほうが盛大に祝われるようです。同時にこの時期は帰省の時期でもあり、全国で数千万、ひょっとしたら億の人間が故郷へ帰り、また現住所へもどるという大移動を行います。その間の交通機関(おもに鉄道ですが)の混雑ぶりは、まさに創造を絶するものがあります。日本の盆や年末の帰省ラッシュとは比較になりません。なにせ人口が約十三倍もある一方で、鉄道網も運行している列車の数も、日本よりもはるかに少ないのです。
 ところで、中国の伝統的な正月は、爆竹を盛大にならすのはご存じですね。あれはもともと悪鬼(幽霊)ばらいの意味があるのです。日本でいうところの邪気払いですね。その昔、李畋(りてん)という人物が庭で竹製の箸をやき、その爆ぜる音で自宅の周囲に徘徊する幽霊を驚かして追い払ったという故事があります。後世、竹の箸が火薬に変わりました。音は大きいほどよいという理由でしょう。「爆竹」という名称はこの故事からきています。
 もうひとつ、中国の家々では「桃符(とうふ)」という2枚の紙を家の門に貼ります。それぞれの紙には神荼(しんと)、鬱塁(うつりつ)という神が一体づつ描かれています。もとは桃の木でできた板で、名前はそこから来ています。符はおふだというほどの意味です。中国語ではふたつで一組になったものを「聯」といいますが、この春節にちなむ2つひと組の桃符はそのために「春聯」とも呼ばれています。
 神荼と鬱塁はともに幽霊の支配者とされる神です。その2体を門前に飾ることによって、これもまた爆竹とおなじく邪気払いの意味があるのです。
 爆竹といい、桃符といい、いかにも正月らしい儀式といえましょう。

 ところで、神荼の「荼」の字が「茶」の元の形であることをご存じの方もいらっしゃるでしょう。(やっと話が茶に関わってきました。もっともこの場合、名前に使われているだけなので字自体に格別の意味はありませんが。)
 茶という漢字が出現するのは紀元6−10世紀の唐代になってからで、これはすなわち喫茶の風習が中国で盛んになった時期にあたります。それまで喫茶は一部の物好きの嗜好品にすぎませんでした。漢字もなく、もとは「にがな」を意味した「荼」の字を茶の意味に転用していました。「荼」の漢字は紀元前1000年前後の古い歌を集めた『詩経』にも見えますが、これはにがなのほうだろうとされています。中国で「荼」を茶の意味で使用している最古の記録は前漢(紀元前202-後8年)のもので、これが有名な、王褒の「僮約」です。神爵3年(紀元前59年)正月15日の日付が入っています。これも正月です。
 めでたく正月と茶がつながったところで、今回はこのへんで。


(2000. 1.27)

 

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