中国茶筆記

紫砂の茶壺

 “茶壺”とは、茶ツボではありません。「ちゃこ」と読んでください。中国語では急須を意味します。

 前々回触れた台湾茶芸で、使う茶器に、赤や紫色をした素焼きの茶壺があります。これも前々回で写真でお見せしました。
 素焼きの茶壺は淹れた茶の香りや味がしみこんでいくので、良いお茶を長年淹れた茶壺は、それほどでもない茶葉でもいい味になると言われます。もっと年代物になると、湯を注いだだけで茶になるといいます。第2回「蕩家傾産」で書いた、零落した長者の持ち歩いている茶壺が湯を入れただけで茶になったという、あの話です。
 まるでスッポンの土鍋のようですが、これは素焼きの陶器だからこそ成り立つ話です。

 たしかに、同じ茶葉でも磁器と陶器で淹れるのとでは風味が違ってきます。
 素焼き陶器だと、プーアル茶のような香りや癖の強いものは、適度に茶壺に吸われるのか、それが穏やかになります。反対に凍頂烏龍茶のような微妙な天然の香りがある茶は、かえって香りが引きたったりすることがあって、不思議です。よかったら試してみてください。私は基本的に、青茶・紅茶・黒茶は陶器で、緑茶・白茶・黄茶・花茶は磁器で、淹れることにしています。

 香りや味を吸い込むというのは、茶壺にしみこむということでもあります。先ほど挙げたやプーアル茶(黒茶)や、あるいはジャスミン茶(花茶)は、陶器の茶壺で淹れると、その茶壺は他のより風味の弱い茶には使えなくなりますので御用心。たとえばジャスミン茶を淹れつけている茶壺で龍井茶(緑茶)を淹れると、ジャスミンの香りがします。これは同じ種類の茶についてもいえることで、青茶のなかで、強い、たとえば安渓鉄観音(※注1)をいつも淹れている茶壺で文山包種茶(※注2)を淹れると、後者が完全に負けて、前者の味と香りしかしません。御用心御用心。

 一方、磁器の茶壺で淹れた茶は、茶葉の持つ風味をそのまま反映します。だから茶葉の出来を確かめる品評会などでは磁器製の茶壺が使われるのですが(私も店で置いている茶葉をお客様に試飲していただく際には、茶の種類によらず磁器を使うことが多いです)、おもしろみがないといえばない(だから青茶や紅茶については陶器を使うことも、あります)。いっぽう素焼きの――つまり陶器の――茶壺は、空気と水分を透して、それが茶の香りや味わいに微妙に屈折を与えます。

 素焼き茶壺は、江蘇省の宜興という所で生産されるものが最も良いとされています。宜興では、記録にのこるだけでも北宋時代の初期(10-11世紀ごろ)から、茶杯ほかの茶器が生産されています。ただし茶壺は14世紀の明朝時代になってから作られるようになりました。(明朝以前の中国茶は基本的に抹茶だったので、茶壺の必要がありませんでした。)
 明時代やその次の清の時代に、すでに宜興の茶壺は絶賛されています。さきに述べた陶器の特質においてもっとも優れているという理由によります。私は未見ですが『桃渓客語』という古い書物に「宜興の茶壺の高級品は金や玉と価を等しくする」とまで書かれているそうです。これは明代の後半(16世紀)に、供春や時大彬といった名工が出たせいもあるでしょう。

 宜興茶壺の材料は、紫砂。
 砂といいますが、実際は土です。英語でstonewareと訳されている場合があるので、石が原料だといわれることがありますけれども、土です。というより泥(粘土、ただし岩石状にかたまっている)といったほうが正確でしょう。
 紫砂には、紫泥・緑泥・紅泥・黄泥の種類があります。紫砂を構成するこの4種類の土やその配合のしかたと、それから焼成の温度、また酸化炎還元炎の使い分けによって、いろいろな色(朱、紫、黒ほか、私の知るだけでも10数色あります)や肌質の茶壺ができあがります。一般の陶器より焼成温度が高めで、1200℃前後だそうです。それで、中国語では陶器と区別してせつ器(せつは火へんに石)と呼んだりします。
 ここまではものの本に書かれています。
 しかし工程の詳しいことはわかりません。たとえば泥の配合の割合と発色の関係など。伝統技法で、秘密なのだそうです。
 以前、宜興に縁のある中国人の知人を通じて、現地の工場関係者にたずねたことがあるのですが、やはり教えてもらえませんでした。



※注1
 福建省・安渓で作られる。発酵度35パーセント前後。焙煎も強いので香ばしく、褐色の水色。
※注2
 台湾・文山で作られる。発酵度は大体10パーセント台。焙煎も弱く、見た目には殆ど緑茶とかわらない。水色も薄い黄色。
(2003/4)

 

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