中国茶筆記

傾家蕩産

 傾家蕩産という言葉が、中国語にあります。家を傾け産を蕩(やぶ)る。簡単にいえば財産を使いつくすことです。中国でお茶の話になると必ずといっていいほどこの言葉がでます。お茶に入れあげると破産することになるというのです。

 中国で聞いた話です。

 むかし、あるところにたいそうな分限者がいたそうな。その金持ちは贅沢が好きで、とりわけお茶に凝った。どこの地方、地方のなかでもこの村、この茶畑と好みがうるさい。葉を摘むのは日の出前の何刻でないと、摘んだあとは誰それが手がけたものでないと、といいう具合だった。はるか遠方の茶でもいいと聞けば取り寄せる、珍らしい茶があると耳にすれば金に糸目を付けずに買う、茶器もそんじょそこらの物なんて駄目、もちろん景徳鎮の高級磁器だ、陶器なら宜興だ、それもめずらかな骨董をというあんばい。  というわけで、とうとう家産を使い果たしてしまった。家は借金のかたにとられ、一家はバラバラ、長者は落ちぶれて、1人あちこちをさまようはめになった。みずぼらしいぼろを着て、嚢中一銭もない。  しかし愛用の陶器の急須だけは手放さず持ち歩いていた。  茶葉を買う金もない。しかし湯は頼めばもらえる。年代物の急須には長年淹れられてきたお茶の香りと味がしみこんでいて、湯を注げば立派に極上のお茶となったとさ。

 本当にあった話かどうかはわかりません。しかし伝説だとしても、ここに誇張があるとは思えません。

 青茶(半発酵茶、日本でいうウーロン茶)に、武夷岩茶(ぶいがんちゃ)という種類があります。福建省の武夷山一帯で作られる茶です。その中に「大紅袍(だいこうほう)」という銘柄があって、武夷岩茶の最高峰といわれています。原木がたった3本しかなく、その3本の原木からできるお茶はあわせても1キログラムに及びません。市場に出回るのは、別の茶樹に挿木をして繁殖させた2代目以降のものです。当然ながら原木から取れるわずかな、いわば本当の「大紅袍」は、茶好きの間で激しい奪い合いになります。

 昨年の11月下旬、広東省の広州で、この“本当”の「大紅袍」の特別オークションがありました。競りにかけられたのはたったの20グラムです。ところが、その20グラムに、なんと18万元(約270万円・1元=15円として計算)の値がつきました。競り落とした人は(広州の大富豪だそうですが)、わずか数回の楽しみに、まさに万金を投じたわけです。(※注1)

 さきほどの伝説と言い、ここに見られる執心ぶりといい、「売家と唐様で書く三代目」(※注2)のほどほどさでおさまる国の人間には、けたがはずれていてどうにも理解の届かないところがあります。

 中国には好きがこうじて身を滅ぼすたぐいの話はまだあります。たとえば中国人がこよなく愛するランは、これも毎年オークションが開催されて、会場にはこれもまた傾家蕩産沙汰の万金が飛び交います。

 ただの花になぜそこまでと不思議がる私に、ある中国人は、古来からランは百草の長、王者の香と言われているよと教えてくれたあと、「好きなら傾家蕩産しようがかまわない、そこまで好きということさ」と真面目な面もちで付け加えました。(※注3)



※注1
 このすこしあとには、日本でも有名な「鉄観音」の産地である福建省安渓で、最高級品「鉄観音茶王」のオークションがありました。こちらは100 グラム、ついた値は13万元でした。「大紅袍」にくらべればまだしもですが、 それでも日本円にしてほぼ200万円です。
※注2
 道楽が過ぎたせいで家を売るはめになった金持ちの家の三代目のボンボンが、みごとな筆跡で「売家」の貼り札をのんびりと書いているという意味の 江戸時代の川柳。
※注3
 しかしこれほどまでの「好き」になると、さすがに中国でもあまりいい顔はされないようです。ふつう中国では茶好きのことを「茶迷」といいます。
 「迷」とは日本語で「好き」あるいは「道楽」という意味です。これらのオークションのことは香港の報道記事で知ったのですが、記者は、買い手のことを「茶痴」と書いていました。痴(し)れ者。
(2003/1)

 

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