中国茶筆記

中国茶の表記法

 中国茶が日本で広く飲まれはじめるとともに、様々な種類や銘柄があることが次第に知られるようになってきましたが、これらを日本語でどう表記するかは、いまのところ基準はなく、人によってまちまちというのが現状です。

 目下、中国茶関係の言葉を日本語で表記する際の方法は大きく分けて、以下の3種類があるといえます。

  1.日本語によるもの。
  2.中国語によるもの。
  3.英語によるもの。

1.日本語によるもの。

 これは、中国語の漢字表記を日本語の漢字発音で読み替えるものです。
 たとえば、碧螺春を “へきらしゅん” と読むのがそうです。この碧螺春の例でもそうですが、基本的に日本漢字の読みのうち、訓読みではなく音読みが用いられます。音読みは古代中国語の発音を当時の日本語の発音でうつしたものであり、訓読みがその漢字の意味に相当する日本語の語彙の音をあてはめたものである事実を考えれば、この選択は当然といえるでしょう。しかし中には音読みと訓読みが組み合わされている場合もあります。
 中国茶の名称そのものではありませんが、その分類法で、青茶を “あおちゃ”、黒茶を “くろちゃ”、花茶を “はなちゃ” と読んだりするのがこの例です。

2.中国語によるもの。 

 現代中国語の発音を日本語の発音で写したものです。烏龍茶=ウーロン茶、普[彡耳]茶=プーアル茶がそうです。通常、カタカナで表記されます。これは、外国語の音であるという意識によるものだと思われます。
 この中国語とは、だいたい大陸・台湾の共通語である北京語(普通話)であることが多いのですが、なかには広東語・福建語・台湾語(びん南語)であることもあります。これは、その茶の産地や輸出港のある地域で話されている言葉です。
 紅茶の世界では、正山小種を “ラプサンスーチョン” と呼び慣わしています。これはこの茶の産地である福建地方の方言である福建語の発音から来ています。
 その前に例として挙げた普[彡耳]茶の “プーアル” は、北京語の発音に従った表記です。しかし同じこの茶を “ポウレイ” 茶と呼ぶこともあります。これは広東語です。この表記は、もともと雲南省で作られるこの茶が広東省で大量に消費され、また主にこの地から日本へ輸出されるという事情によるのでしょう。

3.英語によるもの。

 中国茶のなかには、西洋経由で日本に紹介されたものもあります。たとえば、“オリエンタル・ビューティー Oriental Beauty” =東方美人(白毫烏龍茶)がそれで、「東方美人」は、英語の原名を逆に中国語に翻訳したものです。

 じつは、中国茶の名称を日本語でどう書き記すかの方法はいまの3分類で尽きたというわけではなく、もうすこし複雑です。
 2の中国語(北京語)の発音に従う場合、基本的にその発音記号であるピンイン(Pin Yin)表記に従います。このピンインはローマ字アルファベットを借用した発音記号です。ところが、たとえば英語のアルファベットとは音価が違っているので、日本人がいわゆるローマ字読みをすると、実際の発音とは異なる場合がでてきます。
 代表的な例が龍井茶の日本語表記で、一般には “ロンジン” 茶と表記します。しかしこれは龍井のピンインによる発音表記である “long jing” を文字通りに読んだためのいわば間違いで、しいてカタカナで本来の発音に近いようにしるすとすれば、 “ロンチン” になるでしょう(北京語には日本語のような濁音が存在しません)。
 さらには、北京語は以前ウェイド式アルファベットという英国人の作成した発音記号が、欧米で使われていました。いまでも使用されています。この体系もまた独特の音価と表記法を有するため、このウェイド式アルファベットを単純にローマ字読みすると、原語ともピンインの日本式読みとも違う発音になります。
 上記3つの範疇のどれにも入らない、特殊な例外もあります。たとえば包種茶を紅茶の世界で “プーション(pouchong)” と言ったりすることがありますが、これはおそらくはウェイド式表記をフランス語読みしたものです。ピンインならば “bao zhong” という表記になり、日本語で書き記すならば “パオチョン” とでもすべきでしょう。北京語には濁音が存在しないことは、先ほど述べたとおりです。
(ちなみに、祁門紅茶を “キーマン” あるいは “キームン” と表記するのは、英語圏の人間に訛って受け入れられた “祁門” の発音が、日本へ入ってきたものです。)

 これだけでも十分に複雑です。なにしろ、極端にいえば、それぞれの茶ひとつひとつについてさまざまな背景から来る名称と読み方があり、そのうえ、上の3種のどれかだけではなくそれぞれにおいてもその茶を指す名称と、またもや異なる読み方も存在しているのですから。さらにややこしいのは、この3種がひとつの名称において混用されることすらあることです。白茶を “パイチャ” と読むのがその良い例で、「白」の北京語音 “パイ” と「茶」の日本語音 “チャ” が一緒になっています。 “bai” というピンイン表記の本来の読み方ではなくローマ字式に “バイ” として “バイチャ” となっている場合さえあります。
 さらには、日本の音読みでも誤読があったりします。金萱茶は “きんせんちゃ” と読むのが普通ですが、本来「萱」の音読みは “けん” なので、本来は “きんけんちゃ” となるはずです。
 ゆくゆくは自然に読みが固まって統一してゆくのでしょうが、中国茶のブームというか、勃興期である現在においては、茶や用語の表記に関しては混乱の極みというほかありません。

追記

 爽爽茶館では、中国茶の名称の読み方は、「わかりやすく」、「ほかの名称とできるだけまぎれないようにする」という二点を原則にしています。
 まず、一般の人々には耳慣れない現代中国語の漢字音ではなく、日本語の漢字音で表記するようにしています。基本的に音読みですが、音読みでは聞いた時に意味が取りにくいと思われる場合、訓読みをまじえることもあります。花茶を “かちゃ” ではなく “はなちゃ” とするのがこの例です。 
 発音が類似している他の名称と混同する可能性のある場合、たとえば中国茶の分類のひとつである黄茶についていえば、“黄”には「こう」「おう」の2つの音読みがありますが、爽爽茶館では “おうちゃ” と読んでいます。 “こうちゃ” では、おなじ分類中にある紅茶と同音になるからです。
 しかし、烏龍茶(ウーロンちゃ)、普[彡耳]茶(プーアルちゃ)そのほか、ある程度これまでに日本で通用し広く認知されていると判断した読み方は、それに従っています。

(2001. 2. 9)

 

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