東瀛書評

『Nuclear Tibet(チベットの核)』
原題:"Nuclear Tibet: Nuclear Weapons and Nuclear Waste on the Tibetan Plateau"
(the International Campaign for Tibet、1993年4月、64頁)

本書の目的
本書の特徴
主要な論点
著者・編者について


本書の目的

 この書籍は、チベットにおける中国の核兵器製造、核ミサイル装備、核廃棄物の不適正な投棄、そしてこれらに起因する地域の放射線汚染による居住民の発病・死亡やなどの諸問題に関する、チベット国際支援運動(International Campaign for Tibet, 以下ICT)の報告である。
 この書籍は、中国によるチベットの領域内における原子力政策と核兵器開発のおそるべき無神経がいかに危険性をはらんでいるかを証明する目的で書かれた。

本書の特徴

 この報告書には、それまでに出された中国語および英語文献の関連資料からの情報がふんだんに盛り込まれているが、なによりもまず、本書の特色は、なによりもまず ICTによる独自調査の成果、すなわち当地の実態に関する豊富な実地調査による情報と、当事者・関係者による詳細な内容の証言に求められるであろう。具体的には、中国側の核専門家、政府関係者、そしてチベット人への聞き取り調査、2回にわたって派遣された独自あるいは共同の現地調査団による土壌サンプルおよび生物組織の分析結果、ガイガー・カウンターによる現地での放射線測定である。

主要な論点

 本書の最大のメッセージは、次に要約できる。

 中国政府のチベット地域における粗漏きわまりない核関連政策によって、同地では深刻な環境汚染が引き起こされており、現在の政策が維持される限り、チベット人の間でこれに起因する死傷者が発生し続ける。

 以下、やや具体的に個別の論点を紹介する。

 チベット地域における核関連政策によって、

*チベット人へはなんらの経済的利益ももたらされておらず、さらにはチベット人への放射線汚染にたいする安全も顧慮されていない。

*インド・パキスタン・中国という三国と国境を接するチベットは、非核化・非武装化によって、これら諸国の緩衝地帯となり地域の安定と軍縮に寄与できる存在となりえるにも関わらず、中国の現行政策のために、かえって地域の核および通常兵器の軍拡に油を注いぐ結果を招いている。チベット高原における核ミサイルの配備および核関連施設の建設は、隣接するインド・パキスタンとの軍事的緊張を増大させている。

*土地の住民であるチベット人の反対にもかかわらず、中国政府は現在の政策を強行しており、中国政府は、チベット人が自らの生きる土地で自らの伝統や宗教の教えに従って生きる機会を奪っている。

本書によって明らかにされた新事実あるいは新情報

*中国は1950年代、“第九研究所”の名前で知られる核兵器研究秘密都市をチベット高原のココノル湖近辺に建設。ここで初期の中国核爆弾のすべてが設計された。第九研究所は中国にとってながらく、最重要の核兵器研究・開発施設であった。ただし現在(1993年)は大部分の機能は四川省など他所へ移転されている。

*第九研究所から生み出される放射性核廃棄物はチベット域内で投棄されてきた。その量は不明。

*西北核兵器研究所近辺に居住するチベット遊牧民の間で、放射能による発病および死亡の事例が多数報告されている。

*ウラニウム鉱山付近に居住するチベット人の放射能による発病および死亡の実例が多数報告されている。

*チベット域内ですくなくとも3カ所に核兵器(DF-4:短距離型ICBM)が配備され、そのうちの一カ所は運搬中に核事故の危険があるほどの悪路によってのみ外界と繋がれている。

*チベット自治区内においては、トレイラーで移動し、そこから発射される形式のものをのぞき、陸上配備核ミサイルの存在は未確認。

*中国人チベット移住者もしくは中国内地からの進出企業のエネルギー需要の増大に応える目的で、ラサに核反応炉を建設する計画がある。(現在は凍結中)

*中国最大の労働収容所のいくつかが核ミサイル基地に隣接して存在し、収容者が核施設の建設に強制的に従事させられている。収容者たちが核実験施設内で放射線被曝の危険を伴う作業に従事させられているらしい。

*中国内地の各省および外国からの核廃棄物がチベット域内で投棄されているという情報に関しては、確認不可能。この点についてのICTの判断は、過去については発生しなかったが、今後かなりの確率で起こりうるというものである。ちなみに、今後、台湾が高レベル核廃棄物を処理のために中国へ渡し、その廃棄物がチベットで貯蔵される事態が起こる可能性が認められる。

著者・編者について

 チベット国際支援運動 (International Campaign for Tibet)は1988年に設立された非営利団体である。所在はワシントン。活動目的は、自由と人権の保障を人類普遍の価値とする立場に基づき、チベットでの人権状況を監視しかつ促進するところにある。


(2000/7/5)

附記
この書籍は2000年11月、邦訳名『チベットの核 チベットにおける中国の核兵器』(金谷譲訳、ペマ・ギャルポ監訳)として全訳が日中出版から出版された。(2000/11/23)
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