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マルチトラック・ディプロマシー

マルチトラック・ディプロマシーとはなにか

 マルチトラック・ディプロマシー (Multi-Track Diplomacy)の概念は、政府の活動と一般の人々の間による活動(市民外交)が長年のうちに乖離を起こし、差違を拡大させつつけてきた状況から生まれ出た。異なる国の人々の間で友情と理解からする接触が増大すれば戦争は避けられうるという立場に立ち、また現実に起こっているあるいは潜在的な紛争の渦中にある人々が敵対する相手集団の立場を理解しようと努めるならば平和は推進されうるという考えに基づく。
 異なる国や文化間の交渉の技術は通常、政府間外交の接触の一部分として考えられているが、それは市民レベルの交流活動に適用可能である。
 市民、国家レベルの交流には様々な形態が存在する。これらそれぞれをトラック(Tracks)と名付ける。 トラックは全部で9つある。
 国際問題に関して、マルチトラック・ディプロマシーは人々が冷戦時代の心理戦理論に決別して長期的社会化のプロセスと肯定的なイメージの反復の尊重による心理学の理論に基づくことを要求している。冷戦時代に国際関係の基本をなしていたのは対立や封じ込め戦略であるが、さらには西洋の価値体系の地球規模での規範たり得るという信念が基調として存在していた。これにたいし、マルチトラック・ディプロマシーは冷戦戦略の放棄と多元的アプローチのうえに立つ考え方である。


出現の背景

 「マルチトラック・ディプロマシー」という言葉は、近年になって生み出されたものである。これは1985年の2月に行われたあるシンポジウムにおいて、ルイーズ・ダイアモンド(Louise Diamond)によって提出されたものである。そしてその目的は、1981年にジョセフ・V・モントヴィル(Joseph V. Montville)が創出した、「トラック2・ディプロマシー(Track Two Diplomacy)」という用語において表わされるところの、紛争解決(conflict resolution) にかかわる種々の概念をさらに発展させることであった。
 モントヴィルの意図したところは、政府の枠組みの外部で行われる、世界中で発生する様々な紛争の解決を目的としたあらゆる非公式な性格の活動と努力を包含しうる用語を見いだすことにあった。彼の提起した用語と概念は、現在世界での内戦の増加という明白な事実によって魅力的なものとして迎えられたが、これは彼の意図が関連の論議に密接に関係を有すると同時に、提出された概念が内容的にも適切であるように見えたためであった。また、一個の国家内での内紛は、非公式な形式による介入によって処理されることがより多くなってきているためでもあった。
 一方、ルイーズ・ダイアモンドは、諸国民・民族・帰属集団間の交渉・交流をいくつかのカテゴリーに分類することが望ましいと考えた。これはマルチトラック・ディプロマシーの世界の明確化をもたらし、この概念により理論的・技術的な発展をもたらすこととなった。
 さらに、マルチトラック・ディプロマシーは、米国が有する国内における精神医療関連の経験が国際交渉の場やエスニック・グループ間の紛争解決に応用される実例となっている。モントヴィルが創出したトラック2概念は、元来は国際問題へフロイトの諸概念を応用すべく彼とウイリアム・D・ダヴィドソン(William D. Davidson)が行った協同作業から生み出されたものだったのである。



9つのトラック
Fig

トラック1
政府、つまり外交を通じての平和創造>
これは行政府、国務省、議会、米国通商代表、国連その他、政府活動の公式な側面を通じて表現されるところの公的な外交・政策立案および平和建設活動の世界である。

トラック2
非政府組織または専門家、つまり紛争解決を通じての平和創造>
これは非国家行為者(nonstate actors)が国際的な紛争を分析・防止・解決・管理することを目指す、専門家による非政府活動の領域である。

トラック3
実業界、つまり商業を通じての平和創造>
これは、経済的チャンスや国際的友情と理解、そして意志疎通のための非公式なチャンネルなどによって平和創造活動を支持し平和建設に対して現実的あるいは潜在的な影響力を行使する実業界の領域である。

トラック4
民間の市民、つまり個人的関与を通じての平和創造>
これは市民外交、交流プログラム、民間ボランティア組織、非政府組織、そして利益団体を通じて平和と開発活動に個人としての市民が従事する領域である。

トラック5
研究・訓練・教育、つまり学習を通じての平和創造>
このトラックは相互に連関する3つの領域を含む。まず研究活動の領域であり、これは大学のプログラム、シンクタンク、特殊利益の研究センターと結びついている。ついで交渉・調停・紛争解決・第三者による仲介のような実践家養成を目的とする訓練プログラム活動の領域。最後に地球教育や異文化教育、平和および世界秩序についての研究・紛争分析・紛争管理の教育、そして紛争解決の様々な側面をカバーする幼稚園から博士課程を通じた教育活動の領域。

トラック6
社会運動、つまり提唱を通じての平和創造>
このトラックは軍縮・人権・社会的および経済的公平などの問題についての社会運動と、政府が取る個々の政策に関して利益団体が行うアドボカシー(政策提言)の領域である。

トラック7
宗教、つまり信仰の実践を通じての平和創造>
これは、宗教団体による信仰活動と平和運動と、平和主義や不法入国者保護運動および非暴力主義などの倫理観に基づく様々な運動の領域である。

トラック8
資金援助、つまり人的・物的資源を提供することを通じての平和創造>
資金援助団体の領域。すなわち、その他のトラックによって行われる活動の多くに財政的援助を提供する財団や個人的な慈善家たちの世界である。

トラック9
通信手段とメディア、つまり情報を通じての平和創造>
これは大衆の声の領域である。印刷物、映画、ビデオ、ラジオ、電子通信網、芸術などのメディアによって世論が形成されかつ表現される場である。


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