東瀛小評  


『中国人と日本人―ホンネの対話』 まえがき

                                林思雲/金谷譲 『中国人と日本人―ホンネの対話』 (日中出版、2005年7月)所収

  この「対話」は、日本に留学して工学博士号を取得後、日本企業に勤務するかたわら、文筆家として在日中国語メディアにさまざまな分野の文章を発表している中国人・林思雲【リンスーユィン】氏と、大学で中国史を学び、現在は中国語ほかの翻訳を業としながらおなじくインターネット上で中国・日本関連の文章を発表している日本人の私、金谷譲が、日中の相互理解を阻んでいる両国文化や価値観の違いについて話し合ったものである。  本書は、二〇〇五年四月に中国で発生した大規模な反日デモの原因と背景を探った第一部、厳しい対日感情にもかかわらず多くの中国人が日本へやってきてそのまま留まろうするのはなぜなのかを検討した第二部、そして戦後最低ともいわれるほど悪化した日中関係は今後どうなるか、日本人と中国人とはこれからどのような関係を構築すべきか、そのためには互いになにが必要かを話し合った第三部という構成になっている。

  これまで数多く発表されてきた日中両国での中国論、あるいは日本論を大別すると、二種類に分かれると思われる。それは、両国の類似点に着目したアプローチと、相違点に着目したアプローチのふたつである。  
  前者の観点では、同じ「アジア」や「同文同種」といった枠組みを前提とすることになる。だがこのアプローチでは、日本文化は中国文化を源流にするという見方になり、日本独自の特徴を捉えにくい。また日本文化は、結局は中国文化の亜種にすぎず、たとえそこに差異を認めても、詳細な分析に値しないという結論にもなりやすい。  
  いっぽう、後者の相違点重視の観点では、「永遠に理解できない隣人」という、これまた極端で、しかも悲観的な――あるいは安直な――結論に容易に導かれる傾向がある。日本側の見方では、中国という国家や中国人の言動における自らの理解を超える事柄については、俗に「中華五千年」といわれる中国文明の古さにすべての理由を求め、それを答えとして満足してしまう例がままあるし、中国側では日本や日本人の持つみずからとの差異を「日本の文化が本質的にそうだから」という、“文化本質論”ともいうべきものに帰してこと足れりとするきらいがある。  
  いずれにせよ、これでは日中ともに相手を理解する努力を途中で放棄してしまっていることと変わりがない。日本人も中国人も、お互いについて、まずどれほどのことを知っているのだろうか。
  それに加えて、日中を問わず、論法に共通している点がひとつある。それは、概して「中国(人)は・・・・・・」、「日本(人)は・・・・・・」という一般論だということである。抽象論や、断片的な個人的体験を性急に一般化している例が多いように思える。しかも、論じる対象が政府を指しているのか、国民を指しているのかの区別さえ明確ではない場合が少なくない。  
  林氏と私は、これらの問題点を克服しようと試みた。
  この書で取り上げたテーマは、ひとことで言えば両国文化の違いである。だが、筆者ふたりは、一般論を極力避け、自らの仕事や日常生活から得た具体的な経験に基づく、いわば私的な見方を述べ合うことに努めた。そして、自らの意見を中国人、もしくは日本人に共通するものとして一般化する場合においては、できるだけ確実と思える最小限に留めたつもりである。とはいえ、私たちふたりの個人的な経験の背後に横たわる両国人の考え方や物事のとらえ方の違い――つまり両者が属する文化の違い――を、結果として浮かび上がらせることができたのではないかと考えている。
 
  林氏と私は、かねてからの知り合いである。私は、林氏の母国である中国だけでなく、日本に対する深い知識と洞察に敬服している。
  しかし実際に会うことは、あまりない。  
  互いに仕事を持つ身であり、そのうえ林氏は三重県、私は京都府と住所が離れていることもあるのだが、どうも二人とも出不精なのが同じくらい大きな原因なのだろう。平素は電話もせず、電子メールでのつきあいである。  
  じつを言えば、この書のやりとりは“対話”と銘うってはいるものの、林氏と私が実際に顔を合わせて会話したものではない。やりとりはすべてメールで行われた(ちなみに私は日本語で、林氏は中国語で書いた。本書における林氏の発言部分は金谷による翻訳である)。この意味では往復書簡集と言ったほうが正しいのだが、幸いにもメールでのやりとりは手紙のように応答に間隔が空くことなく、ほぼ瞬時に意見の交換ができるところ、会話に近い。そしてなにより、実際の対話によくあるように言葉が散漫に流れることがない。そのため、現実に話し合うより、いっそう内容の濃いものになったと思う。  
  私たちは、昨年(二〇〇四年)二月、ある会合でめずらしく顔を会わせた。それが、この“対話”を始めたきっかけである。いずれともなく、テーマを決めて日中両国にかかわる事柄をきちんと話しあってみようということになり、翌三月から始めた。  
  そしてこの“対話”はいまも続いている。本書に収録したのは、そのうちもっとも最近に行われた反日デモについての論評に、それまでのやりとりのうちで時事的な性格が強くかつ関連する内容を持った部分を加えて再構成し、あらためて加筆修正したものである。  
  最後になったが、私たちの“対話”に関心を持たれ、出版にまで導いてくださった日中出版の飯塚豊明編集長に、編集過程においていただいたさまざまなご助言も含めて、厚く御礼申し上げたい。

  二〇〇五年五月

  金谷譲
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