東瀛小評

目くそが鼻くそを笑う話

の衆議院選挙の選挙期間中、これまでと違うなと感じたことがひとつあった。家のポストに投げ込まれる宣伝ビラの多さである。
 共産党のビラはいつものことであるから別に驚くにあたらない。驚いたのは、いつになく反共陣営(政党もしくは政治団体)のビラの種類も数も多かった点である。このたびの選挙ではよほど与党側とその支持者が共産党の躍進をおそれているらしいということがうかがえた。結果としては杞憂に終わったが、当時はよほどの危機感をいだいていたのだろう。

 その反共ビラのなかで、「この真実を、笑えますか?」というキャッチ・コピーが表紙に刷られたものがあった。いま取り出して見てみると、裏表紙に“自由と民主主義を考える国民会議!”という名が印刷されているから、この団体の手になる宣伝パンフレットなのであろう。裏表紙はさきほどの男性の後ろ姿の写真で、「笑顔の共産主義に、ご注意ください。」という文句が赤の大きなフォントで大書されている。
 表紙は、微笑している(という言葉は不適切なのだが。後で述べる)若い男の顔写真で、目の部分をちょうど隠すように、いま述べたコピーがはいっている。
 このビラは全部で表裏の表紙をのぞけば6頁ある。ビラどころか、冊子といってもいい量である。カラー印刷の紙質も良く、写真がふんだんに使われている。相当の費用がかかったはずである。
 これだけ贅沢なビラなのであるから、作った側にしてみれば、それ相応の宣伝効果を上げてもらいたいところであろう。
 ところが、どうも逆効果になっているとしか見えない。パンフレットに書かれた共産主義者の“真実”はおろか、このビラをつくった団体の信用をなくすようにしか働いていないように見える。
 なぜかといえば、表紙の共産主義者に扮したモデルの写真のせいである。

 議論の必要上、すこし中身の文面を紹介する。

「平成10年 流行語・特別賞 スマイリング・コミュニスト!?
 一昨年、マスコミで話題になった『笑顔の共産主義者』。いま、そんなイメージを売りにしたコミュニストたちが、時代の表舞台に立とうとしています。やわらかい仮面に隠された、恐るべき真実の数々・・・・。彼らの素顔を見て、まだあなたは笑えますか?」(2頁)

 問題の表紙の写真は、長髪をオールバックにし、浅黒く日焼けした若い男性の顔である。今風の細面の顔だ。これが、なんともいえぬ卑しさを漂わせた顔なのである。とくに、薄い唇の端が“微笑”のためにつり上がっている口元は、胡散臭さ満点のうえに、吐き気を催すほどの下品さである。目が写っていれば、卑しさはいよいよ倍増するであろう。
(ついでにいえば、裏表紙は、おなじモデルがスーツを着た後ろ姿の全身像なのだが、これがまた肩パットの思い切りはいった、あきらかにかたぎ用ではないスーツなのである。)
 この下卑たモデルのうそくさい薄笑いの大写し写真のために、しょっぱなから読む気をなくしてしまうのである。

「日本共産党の『スマイル』『ソフト路線』は仮の姿。日本の共産主義化を目的とする本質はすこしも変わっていない。暴力による革命主義路線から、議会内での政権奪取とそののちの天皇制廃止、資本主義廃棄政策へと転換する二段階革命路線と方法を変えただけだ。その明らかな証拠は共産党の党綱領には二段階革命路線の採用が明記されている」

 パンフレットの主張を私なりに要約すればこのとおりである。そして、パンフレットの作成者・団体は、共産主義者のいうことは信用してはいけないといいたいのであろうとも推察する。
 また、笑顔にだまされるなとは、共産主義者は表面の言動と本心は違う、そしてその本心は外見からはわからないと言いたいのであろう。
 ならばそのようなモデルを選ぶべきであろう。外見からはその本質がわからないから脅威であり、わざわざビラまでつくって一般大衆にうったえなければならないのであろうから。だが、どこの誰がこんな、ひとめでいかがわしいと分かる奴の言うことを信用するというのか。

 パンフレットの作成者たちは、共産主義者が“品性下劣”であるといわんがために、わざと品性下劣そのもののモデルを選んだのかもしれない。
 とすれば、作成者は、宣伝効果の点からいえばかえって効果を減殺すると承知しつつ、あえてこんなモデルを選んだということになる。作成者たちは、こんな胡散臭いやつでも一般大衆はだまされるから警告しなければならないと考えたのであろうか。とすれば、作成者・団体は、一般大衆をこれしきの人を見る目もない蒙昧な存在と見なしているわけで、これほど国民を馬鹿にした話はない。見下している相手から支持を得ようなど、虫が良すぎるであろう。いくら猫撫で声を出してみても自らのみ尊し正しという態度がみえみえの共産党の宣伝ビラを、誰もまともに読まないのと同様である。

 もっとも、作成者にモデルの品のなさを感じる能力がなかっただけという可能性もある。
 作成者は、モデルが意にそわない雰囲気や服装をしていればNGを出したはずである。そうしなかったということは、このようなやくざかホストとみまがうような男性モデルで適役と判断したのであろう。こんなモデルを平気で使っていては、攻撃対象の共産党や共産主義者ではなく、当の自分たちや自分たちの属する政治思想、ひいては支持政党への信用をなくすことが分からないのであろうか。
 やくざかホストまがいのモデルと衣装で良しとしたのは、パンフレットの作成者にとっては、こういう人品骨柄と風体が普通、あたりまえなのであろう。つまり、作成者たちにもともと品が無いから、品がないモデルを選び品のない宣伝ビラを作っただけのはなしということになる。つまり作成者自体がモデルと同類なのである。ならば、作成者・団体に対しても、先ほどモデルに関して使った言葉を繰り返さなければならない。どこの誰がこんな、ひとめでいかがわしいと分かる奴の言うことを信用するというのか、と。
 一言で言えば、このパンフレットは、目くそ鼻くそを笑うの類である。

 まあ、所詮アジビラなどつくってばらまくのは、右左に関わらず、そんな程度の輩である。だいたい、“自由と民主主義を考える国民会議!”とやらは、パンフレットのどこにも代表者の名も連絡先も明記していない。他者を批判するなら、堂々と名乗ればよさそうなものだが。それをせず、しかも深夜闇に紛れて人の家のポストに入れて置くとは、卑怯このうえもない。どうせこのビラの中身は嘘ばかりだろうと思われても、仕方があるまい。

 自由というのは自分の言動の責任をとるということである。それができないなら、「自由」など自分の頭の上に掲げるべきではない。
 そもそも「国民会議!」とは何という名前か。かってに国民を代表してもらっては困る。あなた方が代表できるのはあなた方自身だけである。
 この国は全体主義国家ではないのだ。それともあなた方は日本をそうしたいのか。それではあなた方が攻撃する共産主義国家と同じではないか。
 だいたい、この“!”は何であるか。あなた方は、美しい、正しい日本語の言葉使いにつとめる意識を持っていないのか。
 自分の文化の精華たる自国語への愛情もないような人間の説く愛国。たちの悪い冗談である。


(2000/8/7)
inserted by FC2 system