東瀛小評

ダライラマの台湾訪問無期延期

ベットの宗教・政治的指導者であるダライラマが台湾への訪問を無期延期した。理由として、最近中国との交渉に進捗が見られ、「一つの中国」の原則を堅持する大陸中国を刺激することは得策ではないという判断によってなされたと、ダライラマは台湾の新聞『中国時報』とのインタビューで語っている。それをロイターが7月17日付けで報道している。("Dalai Lama Postpones Taiwan Trip Indefinitely")
 ダライラマはすでに1997年の3月に一度台湾を訪れている。その際に大陸の共産党政府は、ダライラマとその率いるインド所在のチベット亡命政府による、台湾の独立主義派と結びついた「分離活動」であると非難した。ダライラマは早くから自分の求めるのはチベットの完全な独立ではなく完全な自治であるとして中国当局との対話をよびかけてきたが、中国側はダライラマを「歴史的に中国の不可分の領土である」チベットの独立をもくろむ「反逆者」としてほとんどそのよびかけを無視してきた。前にも触れたが台湾は現在は「一つの中国」ではなく、暗黙のうちに独立の道を取り始めている。台湾との関係強化はますます中国側との交渉を困難にするだけであると考えてダライラマが訪問を無期延期したのは理解できる。これは事実上の撤回であろう。
 さらにダライラマは同じインタビューのなかで「台湾は中国の省のひとつである」という認識を示している。これは中国政府の「一つの中国」原則の承認であり、同時に台湾の独立否定を意味する。
 これは百八十度の転換である。ダライラマはこれまで、台湾と台湾の人々には独立の権利があると一貫して明言していたからである。やむを得ないとはいえ、食言しなければならないダライラマも心中苦しいであろう。
 これほどの方向転換をするからには、相当程度水面下での交渉が進展しているのではなかろうか。時期的にいって、クリントン大統領が先月行なった中国訪問において、チベット問題に関してごく秘密裏になんらかの合意が行われた可能性がある。ごく秘密裏にといったのは、すくなくとも表向き話し合われた形跡がないからである。ちなみに、クリントン大統領は今回の訪中に米国政府のチベット問題担当官を同行させていない。
 これで、最近の数ヶ月にダライラマと亡命政府の間でちぐはぐな声明が出されていたことの納得がいった。実をいうと、1991年以降、チベット亡命政府と中国の交渉は公式には中断しており、チャンネルもないことになっている。だがダライラマは最近、実はインド駐在の中国大使館を通じて継続して交渉が行われていると発言したのだが、亡命政府の側はそんな事実はないとすぐに否定したのである。ダライラマの発言の方が正しかったわけだが、その時点においては交渉の事実を公開するかどうかについて、両者のあいだで意見の相違があったのではなかろうか。そして今回の決定はその交渉の進展の結果なのであろう。

(1998/7/26)
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