東瀛小評

歴史は繰り返すか

港出版の中国語雑誌『亜洲週刊』の1998年5月18日--5月24日号に、「黄色娘子軍震動中国」という題で中国本土の売春業の興隆が特集記事として取り上げられている。
 読んでみるとすごい内容である。1996年に中国公安大学が行った調査によると、中国大陸全体ですくなくとも500万人の女性が売春業に携わっているという。中国十二億の人口を単純に割って6億が女性として、割合では0.08パーセントにしかならないが、それにしても500万人という数は大きい。日本ならば女性人口の約10人に1人に当たる人数である。そのうえ、この数字は専業者として把握できたもので、本当のところはわからないとしている。
 中国へ何回か旅行したことがある人なら知っていることだが、中国のホテルにあるカラオケやバー、また理髪店、マッサージ店はほとんどが売春を行っている。そこで働く従業員の女性はほほ全員が客の要望に応じて売春を行う。もちろん表立っては売春婦とはされていない。あくまでも単なる従業員である。
 記事は、売春の風靡による中国の倫理風紀上の問題を指摘する以上に、売春婦の激増と売春行為の氾濫による性病の蔓延を懸念している。記事によると、現在中国のエイズ感染者は25万人という推計が国務院衛生部によってなされており、2000年には130万に達すると警告している。さらには2010年には1000万人もの中国人がエイズ患者となるだろうと予測している。
 記事によれば、中国の地方税務局がこれら事実上売春業にたずわさる女性たちに所得税を課する決定を下したという。福建のある都市では先ほど述べた場所で勤務している女性たちに新たに「上崗証」という名の勤務証明証を与えてそのかわり毎月一人あたり最低100元の個人所得税を納めさせることにした。要するに売春の黙認である。公安局はこれで元来違法な売春活動を管理下におくことができ、その蔓延を防ぐことができるという説明を行っている。
 売春が違法とされているのは、すこしでも存在すれば社会の存立に関わる害(エイズ)をなすからであろう。ちょっとならいいというのは理屈が通らない。これではエイズの発病率の増加ペースが遅くなるだけである。根絶どころか予防もできないであろう。
 阿片戦争の前夜に中国が阿片を合法化してその代わりに課税しようとしたことがあるが、公安局の理屈はこのとき清政府の官僚が主張した阿片合法化の理屈と同じであることが興味深い。売春も阿片も違法であり、かつ社会の風紀に致命的な害悪を及ぼす存在と認識されているところも同じである。違法だから建前は存在しないことになっており、そのため無制限に社会に流れ込み繁殖するのであるから、いっそのことそれを合法的存在としてしまえば法による規制ができるという論法である。悪というものは多かれ少なかれこの世に存在するものであり、甚だしきに至らなければよいという中国文化の思考回路のあらわれであろうか。
 あまりの類似に歴史はやはり繰り返すのかと感じざるを得ない。清政府は滅んでいる。悪を制御できず甚だしきに至らせたためである。中国文明と中国人を尊敬する人間として、これは繰り返してほしくないと願う。

(1998/6/1)
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